3月18日、ドイツ連邦議会(下院)が、基本法(憲法に相当)の改正案を3分の2以上の賛成で可決した。連邦参議院(上院)の審議を経て21日にも成立の見通し。借金を嫌うドイツは厳しい財政規律を課してきたが安全保障への支出を除外する。同時に5000億ユーロ(約80兆円)のインフラ基金も創設する。

 近く首相に就任する見通しのフリードリヒ・メルツ氏は議会で「ドイツは過去10年間、誤った安心感を持ってきた」と述べた。

【解説】
 ウクライナ戦争とトランプ政権がドイツ の歴史的転換をもたらした
 アメリカに甘えすぎたヨーロッパの遅すぎる転換
 メルケル政治の完全否定

 
 ドイツは第二次世界大戦への反省と財政面の負担を避けるため国防費を低く抑えてきた。ソビエト、そしてロシアに対する備えはアメリカ軍に依存してきたのだ。その分、経済政策や社会保障など自国の他の部分に予算を回すことができた。アメリカの立場から見れば”甘え”に見える。

 ロシアへの融和姿勢

 一方で、ロシアとの関係性は融和路線をとってきた。
 2007年、ドイツのミュンヘンで行われた安全保障会議でプーチン大統領はアメリカと西側の首脳や高官らの面前でアメリカを痛烈に批判した。世界に衝撃を与え、プーチンの危険性に誰もが戦慄を覚えた歴史的なスピーチ。しかしアメリカもヨーロッパもロシアへの警戒を強めず、協調路線を続けようとした。

 メルケル路線という負の遺産

 その代表が2005年から2021年まで16年もの間ドイツの首相を務めたアンゲラ・メルケル氏だ。
 ロシアの安い石油と天然ガスを輸入することで自国経済界との蜜月関係を築き、好調な経済が自らの政治力につながった。その象徴がロシアとのガスパイプライン「ノルド・ストリーム1」と「ノルド・ストリーム2」だ。ともにメルケル時代に建設された。

 これには東欧諸国やアメリカのオバマ政権からも懸念の声が上がった。「ロシアに依存しすぎて厳しい対応が取れなくなる」という批判があった。それでもメルケル氏は耳をかさず自国経済を優先して押し進めた。「ロシアにとっても重要な客、という相互依存の関係がロシアの行動を抑制することになる」というまことしやかな理屈を言い訳として提示していた。

 「プーチンは話せば分かる」

 そんなメルケルの姿勢を鵜呑みにする専門家たちもおり、希望的観測と相まってメルケル路線はそのまま続けられた。それをリーダーシップと誤解した。2021年春以降、ロシア軍が軍事演習と称してウクライナ周辺に軍の部隊を結集させていく間も、メルケル氏は甘い対応を続けた。ワシントンではドイツの姿勢に不信感が渦巻いていた。

 ”ドイツは信頼できるアメリカの同盟国か? ノーだ

 ウクライナ侵攻直前の2022年1月、ウォールストリート・ジャーナル紙は「ドイツは信頼できるアメリカの同盟国か? ノーだ」という論説を掲載した。まさに当時のワシントンのドイツに対する不信感を象徴的に表していた。ロシアへの厳しい経済制裁に反対し、武器の供与も「対立を煽る」と拒否し、5000個のヘルメットしか提供しなかったことは衝撃を与えた。ワシントンではドイツへの不満が爆発していた。

 アメリカもドイツを批判できる立場ではない

 一方、アメリカもドイツのせいばかりにできるわけではない。
 プーチンが強硬姿勢を強めていったオバマ政権時代、アメリカもやはりロシアに対して弱腰だった。
 シリアでのアサド政権の化学兵器使用に対する対応ではアサドの後ろ盾であるプーチンに配慮し、厳しい対応をとることができなかった。弱腰のオバマ政権につけ込むように2014年にロシアはクリミアに侵攻した。

 弱腰のオバマ大統領

 ここでもオバマ政権は厳しい対応は取らなかった。経済制裁も不十分、さらに携行式対戦車ミサイル「ジャベリン」などの殺傷兵器をウクライナに提供すべきだとする提言に対してオバマ大統領自身がそれを却下し提供されなかった。ロシアを刺激することを避けたのだ。ましてやNATO加盟などあり得なかった。

 このアメリカの弱い対応がプーチン氏にとって成功体験となったことは否定できない。侵略によって領土を確保したにもかかわらず、さしたる罰を受けなかったのだ。こうした欧米の対応がウクライナ侵攻を招きさらなるロシアの脅威と向き合うことになった。メルケル、そしてオバマ外交の大きなツケを払わされているのだ。

 ドイツの歴史的責任に向き合う

 そしてヨーロッパでは特にメルケルの罪が強く認識されている。ヨーロッパ中から「今のこの危機はメルケルのせいではないのか」と白い目を向けられているのだ。ドイツにとっては非常に重い歴史的教訓だ。

 それが今回のメルツ 氏の発言につながっている。
「ドイツは過去10年間、誤った安心感を持ってきた」という議会での発言はこうしたメルケル時代の全否定だ。プーチンを「話せば分かる」などと考えてはいけなかった、もっと国防に予算を注ぎ込み十分な抑止力を築かねばならなかった、アメリカに甘えすぎいていた・・・そうした反省が全て込められたのがこの発言だ。

 それでは、ヨーロッパはどのように安全保障体制を築いていくのか。

 ヨーロッパに厳しい姿勢を取り続けるトランプ氏への反発から「ヨーロッパ独自の安保体制を」という意見が噴出している。さらにマクロン大統領はフランス伝統の「ド・ゴール主義」をここぞとばかりに発揮して、「アメリカに依存しない態勢を」と勇ましい。

 しかし、現実にはトランプ氏をなだめながらヨーロッパ各国がより軍事力を強化していくことが望ましいのは明らかだ。軍事力の強化とは短期間でできることではないのだ。

 キーパーソンは英スターマー首相

 喧しい議論の現状はパニックに近い。
 その中でイギリスのスターマー首相が米欧の間を取り保とうと奔走している。混乱する世界の中でスターマー氏の役割は今後非常に重要だ。リベラルであり、本来トランプ氏に厳しい発言を繰り返していたスターマー氏だが現実を見据えたこの対応には期待せざるを得ない。

 世界の秩序が揺らぐ中で、その基盤となってきた米欧は安定した安保態勢を築けるのか。この議論を注視していきたい。

投稿者 緒方遼

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