・中国の国際環境は悪化の一途を辿っている
・日中外相会談で中国の苦しさが浮き彫りになった
・バイデン、トランプとアメリカの対中姿勢は厳しくなる一方
・2021年に習近平主席が「愛される中国」を目指せと打ち出すも方向転換できず
・オーストラリアとの関係改善を目指すも逆に悪化
・苦境からの出口を求めて日本に接近している
日中外相会談で表れた中国の苦しさ
3月21日、岩屋外相と王毅外相は東京で外相会談を行なった。岩屋外相は去年12月25日に訪中し会談を行なっているが、それが拙速だったことはすでに書いた。あまりに戦略なく中国に擦り寄った形となった石破政権だったが、2月7日の日米首脳会談で真逆の姿勢を見せる。
トランプ政権と歩調を合わせて中国に厳しい姿勢で一致したのだ。共同声明では、岸田・バイデン会談の際には触れられてなかった香港、ウイグル、といった問題が指摘され、さらに台湾についても「力または威圧による一方的な現状変更の試みに反対」「国際機関への参加を支持」と踏み込んだ。
擦り寄ってきていた日本が、アメリカと一緒になって突如中国を刺激するメッセージを発してきた、中国はそう感じただろう。本来ならばこれで当面、日本との関係は冷え込むはずだ。しかし今回はそうではなかった。王毅外相は3月7日の全人代での会見で日本に厳しい発言もしたものの同時に「関係改善」を続けたい姿勢を示した。そして今回の訪日でも一緒だった。その背景にあるのは数々の失敗を経て極度に悪化した中国の国際環境だ。
極度に悪化する中国の外交環境
ワシントン全体が対中強硬論一色となっているアメリカはもちろん、かつては蜜月だったドイツ、イギリス、フランスなどヨーロッパ諸国、そしてカナダ、オーストラリアなども中国に対してかなり厳しい姿勢を示すようになっている。その原因は「一帯一路」を掲げて参加国を拡大していった2010年代からすでに存在していた。それが最初に表面化したのは習近平主席自らの発言だった。
突如飛び出した「愛される中国」発言
2021年5月31日、習近平国家主席は共産党政治局の会議で「信頼され、愛され、敬われる中国」を目指せ、と指示を出した。中国への国際的な理解を促進せよという異例の指示だった。いわゆる「愛される中国」発言だ。経済成長に伴い国際的な場で高圧的で強硬な発言を繰り返す「戦狼外交」を続けていた中国で習主席が突然政策転換を命じたのだ。
当時、この指示を「遅すぎだ」と感じた。「戦狼外交」によって各国で中国に対する反感がすでに膨らんでいたからだ。外交政策とは結局は世論を反映するものである。中国は自らの市場としての魅力や経済支援、投資にどの国もひれ伏しているという過剰な自信から高圧的な発言を繰り返していたが、人間の社会は損得が全てではない。むしろ感情、社会心理が政治を動かし国の方向さえも決めてしまうものだ。そしてその傾向は情報化によって強まっている。
戦狼外交の恩恵
しかし中国の「戦狼外交」には訳があった。急激な経済成長によって国民は自信を深めた。この100年間、欧米や日本に対する屈辱を味わってきた中国がそれらを凌駕しアメリカと対等な地位にまで来たのだと習近平主席と中国共産党は国民にそう宣伝し、愛国心を掻き立てた。そしてそれを成し遂げたのは共産党の指導力、特に習主席のお陰だとして独裁体制の正当化に利用したのである。その共産党の物語を確認する作業として他国に居丈高に上から目線で発言する「戦狼外交」があり、結果、国民の喝采を浴び、体制維持に貢献したのだ。格差が拡大し、取り残された人々の不満が徐々に溜まっていく中で、外に敵を作り愛国心を掻き立てることで体制の地盤を固める古典的な手法を選んだ。
その大きな利益のあった「戦狼外交」から転換を図るほど国際的なイメージが悪化していた。外交姿勢だけではなくコロナウイルスの感染爆発がさらに世界中で中国への反感を強めた。その結果「愛される中国」発言が飛び出したのである。
習主席の発言は十分明確な指示だったと思うがドラスティックな変化はもたらさなかった。それでも少しずつ少しずつ、好戦的な発言は減っていき、かつての戦狼外交は影を潜めていった。この間、戦狼外交の象徴であった中国外務省の趙立堅報道官の更迭や駐米大使だった秦剛氏の外相への抜擢、そして失脚などいくつかの重要な事象が起きたが、今回は割愛し別の機会に詳しく述べたい。
対中強硬が強まるアメリカ
まずアメリカとの関係だ。中国は最悪だったトランプ政権との関係からの回復を目指したがバイデン政権下でさらに冷え込んだ。2021年からのバイデン政権は「強硬」と言われたトランプ政権の対中外交を基本的に踏襲した。トランプ関税を引き下げることなく、台湾問題では大統領自らが繰り返し「軍事介入」の意思を表明するというこれまでのラインを踏み越える発言をしてトランプ政権以上に厳しい姿勢をとった。中国に接近してアメリカとの関係が悪化したドゥテルテ政権からマルコス政権に変わったことを機にフィリピンとの関係改善を進め、アメリカ軍による基地使用でも合意。台湾有事への備えを急速に進めた。
APECが映し出した中国の苦境
2023年11月、カリフォルニアで行われたAPECに習近平主席が出席するかどうかが焦点となった。中国政府は半年以上前から繰り返し「出席して欲しければ誠意を見せろ」とアメリカに譲歩を迫ったがバイデン政権は全く応じなかった。にもかかわらず習氏は出席した。しかも、アメリカはAPECと同時にIPEFの首脳会議も開催した。IPEFは事実上「対中包囲網」の経済協力の枠組みだ。習氏が居る目の前で反中国の結束を図るというかなり挑発的な行動だし、習主席にとっては屈辱的だ。しかしこれについて中国は無反応で通した。無かったことにしたのだ。
このAPECにおける一連の対応は中国がいかに経済的に苦しい状況にあるかを如実に物語っている。メンツをかなぐり捨ててもアメリカとの関係を改善し圧力を弱めて欲しいのだ。バイデン政権はその足元を見ながらさらに攻め立て、キャンプデービッドでの日米韓首脳会議、ホワイトハウスでの日米比首脳会議と「対中国」の結束を誇示して気勢を上げた。
対中強硬一色のワシントン
こうしたバイデン政権の姿勢はさらに強硬なアメリカ議会を反映したものでもあった。バイデン政権の初期にはトランプ 政権で悪化した米中関係を改善させようとウェンディ・シャーマン国務副長官が経済制裁の緩和を目指した。そのために議会を説得しようとしたことが裏目に出て議会から一斉に批判の声が上がり「親中派」と白眼視されることとなった。後任となったカート・キャンベル氏と「次期国務長官」の座を巡って「目も合わせない」と言われるほどの激しい争いを演じたシャーマン氏が、一歩リードしていた中で突如引退したのは議会で不興を買ったことと無縁ではないだろう。アメリカ議会は一切の異論を許さないほど対中強硬一色なのだ。
トランプ政権はどうか
中国にあからさまに対抗し、圧力をかけるバイデン政権のやり方についてはトランプ政権内からは異論の声もある。国防次官に指名されているエルドリッチ・コルビー氏。第一次トランプ政権では2018年に国家防衛戦略の策定を行った。コルビー氏はバイデン政権は不必要に中国を挑発したと批判的だ。「台湾に侵攻した場合、中国も甚大な犠牲を被る」と中国に感じさせ、侵攻を思いとどまらせるほどの軍事的備えを構築することが重要なのであって、政治的なショーによって中国を挑発するのは緊張を高めてリスクを生むだけだ、と主張している。中国から見れば手強い相手であろう。
さらにマルコ・ルビオ国務長官は中国の経済発展に強い警戒感を持っている。2015年に習近平指導部が打ち出した「中国製造2025」という製造業の発展を目指す国家プロジェクトを特に危険視し、上院議員時代に2度にわたって長大な報告書を出している。「技術を盗み、国際ルールを破りながら経済発展を続けている」として中国を抑え込むことを目指している。中国経済にはさらに厳しい事態が待ち受けている。
ヨーロッパ懐柔も行き詰まり
経済が悪化を続ける中国はヨーロッパに白羽の矢を立てた。昨年、李強首相、王毅外相、習近平主席と3人が相次いでヨーロッパを歴訪し、中国に対する姿勢が厳しくなっていくEUを切り崩そうと懸命に働きかけた。しかし、結果は期待した効果を生まずEUは中国製EVに対する関税を決め、フランス、オランダ、ドイツなど、各国の軍の艦艇による台湾海峡の通過が相次ぐ事態となっている。既に中国への警戒感が強まっていた中で、ウクライナを侵略するロシアを支援したことで全ヨーロッパを敵に回したと言ってもいい。当初はより中間の立ち位置を探っていたはずだがズルズルとロシア側に引き込まれていった。大きな判断ミスが中国の国際環境をさらに悪化させていったのだ。
トランプ再選
内憂外患を抱える中国の前に去年11月、トランプ氏が再び大統領選挙に勝利するという悪夢が起きた。それが石破政権の発足とほぼ時を同じくしている。トランプ氏が中国にさらに強硬な姿勢をとり、追加の関税を課して中国経済をさらに苦しめることが予想された。しかし、もはや中国はヨーロッパに活路を見出すこともできない。
オーストラリアの懐柔を図る
中国はヨーロッパの懐柔を図ると同時にオーストラリアとカナダ 、そして日韓に接近を試みた。まずオーストラリアだ。
2020年4月にオーストラリアのスコット・モリソン首相が新型コロナウイルスの起源について中国を念頭に「国際調査すべきだ」と主張したことを受けて中国政府は激怒。石炭、食肉、大麦、ワインと次々に輸入規制や高い関税を課すなどの報復に出た。 「科学的な調査をすべきだ」と言っただけでこれだけの対抗措置をとるとはどれほど調べられたくないのか、と世界中が感じたことだろう。オーストラリアではさらに反感が強まり関係は冷え込んだが、去年、中国は関係改善を目指す姿勢に転換した。報復措置を次々と解除してオーストラリアの懐柔を図ったのだ。
オーストラリアの対中認識
しかし、オーストラリアの対中認識はこの10年ほどの間に決定的に悪化している。直近の関係悪化のきっかけはコロナウイルスの起源調査問題だが、その時すでに対中感情は悪化していた。
オーストラリアは2015年に中国とのビジネス上のつながりが深く「親中派」とされたターンブル首相が就任し中国との関係が深まった。しかし2017年に野党の有力議員が中国系の企業経営者から多額の献金を受けて南シナ海問題で中国の主張を正当化する発言をしていたことが発覚した。これを機に中国によるオーストラリア政界への工作が明るみに出て社会に衝撃は広がった。一気に対中感情が悪化。それまで認められていた外国からの政治献金を禁止にする法改正を行い、さらに他国に先駆けてファーウェイによる5G事業への参加を禁止にした。そうした中でコロナウイルスの感染拡大が起きたのだった。
相次ぐ台湾海峡通過
とにかく中国の懐柔策は功を奏さなかった。去年9月25日と11月23日に相次いでオーストラリア海軍の艦艇が台湾海峡を通過した。中国にとってはかなり挑発的に映っただろう。そして今年2月11日、南シナ海をオーストラリア空軍のP8A哨戒機が飛行していたところ中国軍のJ16戦闘機から「フレア」が発射された。オーストラリア国防省は「フレアは豪軍機からわずか30メートル以内を通過した」と発表している。哨戒機が厳密にどこを飛行していたのかは明らかにされていない。中国側は「中国の領空を飛行した」と非難しているが、南シナ海全域を中国「管轄」としているだけに、このコメントでは人工島の12カイリ以内を飛行したのかどうかがわからない。
オーストラリア近海で実弾演習
さらに中国軍は驚きの行動に出る。直後の2月21、22日、中国海軍の艦隊がオーストラリアとニュージーランドの間のタスマン海で2回の実弾演習を実施したのだ。3隻は055型駆逐艦「遵義」、054A型フリゲート「衡陽」、093A型補給艦「微山湖」。2月上旬からオーストラリア周辺を航行しており、オーストラリア軍が監視していた。3隻はミサイルの数、能力ともにオーストラリア海軍を凌駕している。突然の実弾訓練に少なくとも49便の飛行中の航空機が針路を変更する事態となった。かつてないレベルの軍事的威圧にオーストラリア国内に動揺が広がっている。
ただ、中国は「関係改善」を目指していたはずだ。アルバニージー政権も経済面での関係改善を歓迎していた。しかし、中国は台湾海峡の相次ぐ通過や南シナ海の飛行といったオーストラリア軍の行動に対して軍が反応をした。そして実弾演習も中国軍の戦略的な示威行為だ。軍は軍の理屈で行動し、外交方針とはリンクしていない。それが両国関係を決定的に悪化させる結果につながっている。つまり外交と軍が乖離していて国家として統合された戦略的な外交を行うことができていないのだ。
日本に接近する中国
これでもか、というほど外交ミスを重ねて国際環境が悪化した中国が日本に接近を試みている。それが今起きていることなのだ。しかも日本の価値はさらに高い。第1期トランプ政権時に、中国の危険性を説きトランプ氏の対中観、そして世界観にまで大きな影響を与えたのは日本の安倍総理だった。中国の識者らによると中国政府はこれまで軽視してきた日本について認識を改め、重要性を痛感しているという。
中国外交は追い込まれ非常に苦しい状況にある。外交姿勢を転換しようとしても台湾問題や軍事戦略などで譲ることができず、結局、強硬な姿勢を示すことになっている。それがさらに国際環境を悪化させていき、今や、外交戦略を描くこともできていない。その苦境からの出口を求めて日本に接近してきているのだ。日本はその認識を持って中国に対処していかなければならない。