米は欧州に「米中どちらを取るのか」と選択迫る
トランプ関税に世界が揺れる中、EUと中国が突然接近を始めた。中国製のEV(電気自動車)に対して去年10月から課している最大45.3%の関税について、これを撤廃し、代わりに最低価格を設定するという案で協議を始めるとEUが発表した。トランプ関税に世界が激しく揺れる中で、EUと中国が連携を模索している。
【解説】
・トランプ関税が悪化していたEUと中国を再び接近させている
・中国はトランプ関税を、アメリカ以外の国々との関係を改善する千載一遇のチャンスと捉え活発な外交を展開
・EUに続き、今週、習近平主席はベトナム、マレーシア、カンボジアを歴訪し、ASEANの取り込みも図る
・トランプ関税は経済面の悪影響だけでなく、「対中国」というアメリカの世界戦略にも大きなダメージに
苦境に陥っていた中国外交
アメリカのバイデン政権が中国への厳しい政策を続ける中で、中国は去年、ヨーロッパに活路を見出そうと活発な外交を展開した。しかし、中国に対する姿勢が厳しくなっていくヨーロッパ各国の姿勢を変えることはできなかった。10月30日にEUは中国のEVに対してそれまですでに課していた10%に加えて最大35.3%の関税を上乗せした。これは中国外交にとって完全なる敗北だった。さらにフランス、オランダ、ドイツなど、各国の軍の艦艇による台湾海峡の通過が相次ぐ事態となっている。既に中国への警戒感が強まっていた中で、ウクライナを侵略するロシアを支援したことで全ヨーロッパを敵に回したと言ってもいい状況だった。
対ヨーロッパ戦略を描けなかった中国
中国政府はヨーロッパに対する外交戦略を描けず、先月には、今年ブリュッセルで行われる中国とEUの首脳会議への招待を習近平国家主席が断ったとフィナンシャルタイムズが報じた。代わりに李強首相が出席する。今年は中国とEUの外交関係樹立から50年となり、EUは習主席の出席を希望していた。ヨーロッパの懐柔を諦めたのかと受け止められた。
トランプ関税が全てを変えた
中国はヨーロッパ以外にも外交上の失敗を重ねて関係が悪化する国が多く、外交戦略を見失っているようにすら見えた。そうした苦境に陥っていた中国の外交環境を今回のトランプ関税が完全に変えた。アメリカという市場を失うことに備えなければならないと考えた各国は、当然、中国市場に期待をする。その各国の危機感を理解し一気呵成に外交を展開しようとしている。中国にとって今回のトランプ関税はまさに千載一遇のチャンスを与えたのだ。
スペイン首相
11日、習近平国家主席は北京を訪問したスペインのペドロ・サンチェス首相と会談し、中国とEUはトランプ政権の関税政策について「一方的で威圧的な行為に共同で抵抗するべきだ」と呼びかけた。さらに「関税戦争に勝者はいない。世界を敵に回せば、自身が孤立することになる。中国とEUはいずれも経済のグローバル化と自由貿易の確固たる支持者であり、国際的責任を履行し、経済グローバル化の流れと国際貿易環境を共同で守り、一方的な覇権行為を共同で防ぎ、国際的なルールと秩序を守るべきだ」と述べた。
これに対してサンチェス首相は、「中国はEUの重要なパートナーであり、スペインは一貫してEU中国関係の安定した発展を支持している」「中国と米国との貿易摩擦が欧州と中国との協力を妨げるべきではない」と述べている。中国からすればまさに言って欲しかった言葉だろう。
次は東南アジア
習近平国家主席は今週、ベトナム、マレーシア、カンボジアを訪問する。まさにこの千載一遇のチャンスを逃すまいと外交攻勢に出ている。トランプ関税は90日間の発動「延期」であって、今後どうなるかは全くわからない。それまでに交渉でどんな無理難題を要求してくるのかと戦々恐々としている。各国にとっていま中国に接近するのは、市場としての期待だけでなく、アメリカとの交渉のカードとしても有効である。「アメリカが意地悪するなら中国と仲良くします」ということだ。
選択迫るアメリカ
トランプ政権もこうした動きを認識し、苛立ちをあらわにしている。9日、アメリカのベッセント財務長官はEUの指導者らに対して中国への接近は「自らの首を絞めることになる」と警告を発した。
またトランプ氏のブレーンとされ、今回の関税政策の思想的バックボーンとも言われるオレン・キャス氏は12日、フィナンシャルタイムズに「欧州はアメリカか中国かどちらを選ばなければならない」と題した論説を寄稿した。この中で「アメリカの覇権は終わった」とした上で、中国に一部の領域を譲るが、残った自由主義世界のグループに入りたければ中国を排除することが条件だ、と選択を迫っている。今、中国に接近するならアメリカとの関係を切ることを意味するんだぞ、という脅しだ。
ドイツへの不信感
そして特にドイツを名指しして、「中国市場での報復を恐れて中国に立ち向かっていない。代わりに中国企業に対し、欧州内での生産開始を奨励している。メルセデスは現在、中華人民共和国が株式の5分の1を保有している」と批判を展開している。トランプ政権、そしてアメリカの保守派のドイツに対する不信感が再び顔を覗かせている。
重大な岐路に
トランプ関税は中国に大きな外交的利益をもたらした。一方でトランプ政権は中国への対決姿勢をさらに鮮明にしている。「アメリカか中国かを選べ」と欧州に迫る姿勢に欧州がどう応じるのか。アメリカと欧州の亀裂がさらに広がり、中国が漁夫の利を得る可能性が浮かび上がっている。
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