トランプ氏への対決姿勢で勝利したカーニー首相。しかし、実際はかなり歩み寄っている

 カナダ議会下院の選挙(総選挙)が28日行われ3月に就任したばかりのカーニー首相の与党・自由党が第一党となり政権が維持される見通し。自由党は168議席と、過半数の172には届かなかったが16議席増やした。一方、最大野党の保守党は24議席増やして144議席としている。

【解説】
 最大の争点は「対トランプ」
 今回の総選挙の最大の争点は「対トランプ」だった。トランプ大統領が「カナダはアメリカの51番目の州になるべき」と繰り返し発言し、カナダに対してメキシコと同様に25%という高い関税を課した。これは今月発表された世界各国に対する「相互関税」よりも先んじて発表されたため、カナダ国民にはショックが大きかった。そしてそれ以上に大きかったのが「51番目の州」発言だった。

 愛国心が与党を勝利させた

 比較的世論が落ち着いていることで知られるカナダでこれほどまでに愛国心が高まったのはいつ以来か、という異例の状況となった。そこでカーニー氏はトランプ大統領を痛烈に批判してこの国民感情を掴み、一気に支持を広げていった。前任のトルドー政権は国民に人気がなく、与党の支持率は去年12月時点で21%と43%の自由党の半分と低迷していた。カナダに対するトランプ氏の強硬な姿勢がなければ逆転は不可能だっただろう。

 経済の依存

 それはカナダの現実を表してもいる。
 「アメリカの51番目の州」というのはこれまでも自虐的なジョークとして1960年ごろにはすでに言われていたものだ。アメリカとの経済的な結びつきが強く、カナダの多くの天然資源や製造業がアメリカ資本に買収されたり、アメリカ企業の工場が作られたりしてきた。カナダの輸出の77%がアメリカという依存度である。

 安保も依存

 さらに安全保障面でもアメリカに依存してきた。アメリカの度重なる要求にもかかわらずカナダの国防費はGDPの1.4%に過ぎない。経済面でも安全保障面でもアメリカに過度に依存している状況があるのだ。この現実をベースにこれまでのアメリカとカナダの関係はあった。しかし、トルドー首相のリベラルな姿勢や中国との密接な関係などがアメリカの保守派の人々の不満を募らせてきた。

 しかしカナダは、2018年にファーウェイの副会長をアメリカの要請でバンクーバーの空港で逮捕したのをきっかけに対中関係がこじれ、親中国のトルドー氏の与党を勝たせようと中国が総選挙に介入していた疑惑も明るみに出るなどした。これによってカナダは中国に対して厳しい姿勢に大きな転換をする。これも大きな意味では結局、対中強硬姿勢に大きく転換したアメリカに歩調を合わせた動きとも言える。

 「本質」突かれた

 そうしたカナダという国の本質的な部分が「アメリカの51番目の州」という言葉には込められている。もちろんトランプ氏はジョークのつもりだろうが、これほどまでにカナダ国民が激怒したのは痛いところを当のアメリカ大統領自身に突かれたためだろう。

 カーニー首相はその国民感情をうまくすくいあげて一気に選挙に勝利した。しかし問題はこれからだ。選挙のためにトランプ氏への対決姿勢を強調してきたが、これからはそのトランプ氏とうまくやっていかなければならない。なにしろ経済、安全保障で大きく依存しているという現実は何も変わっていないのだ。すでに国防費は2030年までに2%に大幅に引き上げる目標を掲げているが、トランプ氏は「NATO加盟国は5%支出すべし」と言っている。しかもこの2%もすでに実現は難しいと指摘されいてる。

 国境管理でトランプ氏の期待に応える

 カーニー氏はトランプ氏の姿勢を繰り返し批判して支持を伸ばしてきたカーニー氏だが、実はトランプ氏の望むものを与える姿勢も示している。一つは国境管理だ。トランプ氏は「合成麻薬フェンタニルと不法移民がカナダから国境を超えて流入している」と批判してきた。カーニー氏は首相就任後、国境管理を厳しくすると宣言している。

 キーストーン・パイプラインでも譲歩

 もう一つは「キーストーンXL」パイプラインだ。これはカナダの油田からアメリカテキサス州のメキシコ湾岸までをつなぐ原油パイプラインで長年政治的な問題となってきた。2008年に計画が持ち上がったが環境への負荷を理由に2015年にオバマ大統領が計画を却下。2017年に就任したトランプ大統領がこれを覆して事業認可したが2021年にはバイデン大統領が再び認可を取り消し。さらに再び就任したトランプ大統領がこの取り消しを取り消しており、建設は可能な状況となった。この計画についてカーニー氏は「建設を推進する」としている。事業体はすでに計画を放棄しているが、建設にこだわるトランプ大統領を喜ばせる発言だ。

 トランプ大統領への対抗姿勢を強調して勝利したカーニー首相だが、実際は、トランプ大統領がこだわる2つの問題で大きく譲歩している。それでも支持を減らさずに乗り切った。政治経験は無いが意外にしたたかだ。一方でトランプ大統領の側から見れば、ゴタゴタはあったものの結局欲しいものを手に入れようとしているということになる。いわばウィンウィンの関係である。あとはアメリカの貿易赤字についてどう対処するのか、だ。

 カーニー政権が最も重要な隣国のトランプ政権と良好な関係を築けるのかは、西側諸国がリーダーとの関係をどう管理できるのかという重要な試金石になりそうだ。


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投稿者 緒方遼

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